もう一度食べたい!飲みたい!
そんな風に思う恋しい味・懐かしい味ってありませんか?
旅先でたまたま立ち寄ったお店の味とか
生前に祖母が作ってくれた料理とか
子供の頃の給食のメニューとか
人によってさまざまだと思います。
私にもいくつかあるのですが…
今回お話しするのは、
もう2度と味わえない「お茶」についてです。
私がお茶好きになるキッカケを作ってくれたといっても過言ではないその一杯は今から15年も前に仕事で訪れた台湾で出会いました。
ある女性が真心とこだわりを持って作っていた
唯一無二の「東方美人茶」です。
東方美人茶…?それならネットで売っているし
台湾に行けば買えるだろうし、
2度と飲めないことはないはず!と思いますよね。
実は、そのお茶農家さんに事情があって
数年前に農園を手放し、栽培していません。
もう飲めない…と思うと寂しく残念ですが
素晴らしいお茶があったこと・出会えたことを
自分の中で忘れないために記録したいと思います。
お付き合い頂けると嬉しいです。
こだわりの台湾茶を求めて
番組取材で台湾を訪れたのは2007年春。
ランドマークタワー「台北101」
有名な夜市、小籠包のお店
フォトジェニックな観光地・九份
旧正月のランタンまつり
スタイリッシュな写真館
人気の占いやマッサージなど…。
当時話題だったものを多く取り上げる中、台湾を語る上で欠かせない「台湾茶」は普遍的で現地の人の息遣いが聞こえてくるような…そんなお茶を取材したい、とコーディネーターさんに相談しました。
そこで名前が挙がったのが、
家族でお茶栽培をしている
茶師 張 月璘(ちょう・げつりん)さん。
何でも、台湾特有の烏龍茶「東方美人茶」を手作業で完全無農薬栽培しているといいます。
台北から車で4時間ほどかけて会いに行きました。
新竹縣・峨眉(がび)という地域は思った以上に山奥で、
人里離れた…を絵に描いたような場所。
風が木々を揺らす音、鳥のさえずり…
自然の中に張さんは暮らしていました。
東方美人茶とは?
東方美人茶は、台湾でのみ栽培されている烏龍茶の一種。
お茶は発酵の度合いで緑茶・烏龍茶・紅茶など種類が異なりますが
東方美人茶は発酵度が高く、限りなく紅茶に近い烏龍茶です。
茶葉には蜜や果実のような独特の甘い香りがあり
上品な甘みと香りが楽しめる高級茶です。
世界的にもその香り高く美味しい紅茶は高く評価されていて、「東方美人」を英語読みした「オリエンタル・ビューティー」は響きも美しいですよね。
*茶葉が比較的小さく新芽特有の産毛がある
*蜜のような甘い香りがある
*水色(茶の色)は明るいオレンジ色でまろやかな甘みがある
蜜のような香りを出そうと香料などを使ったものや茶葉が大きく香りが薄いものなど類似品も出回っているようですが…もちろんグレードが落ちます。
無農薬栽培の茶畑は まるで荒れ地?
穏やかな笑顔で迎え入れてくれた張さん。
お茶作りについて色々聞きたいと話しかけると、
さっそく畑に案内してくれました。
愛犬がトコトコ先導する中、草むらを進むと…
少し開けた場所につきました。
えっ………茶畑ってこんな感じだっけ……
どれがお茶ですか??(;・∀・)
と思わず聞いてしまったほど、あたり一面、
草が生い茂っているのです。
フフッと笑って張さんはいいました。
「わからないよねえ…私もわからなくなる時があるもの…」
日本で「茶畑」といえば、なだらかな丘にモコモコとした低いチャノキがキレイな列をなして植えられて…というイメージ。
一方張さんの茶畑はチャノキと草が共存し境界もあいまい。蝶々や虫が自由きままにあたりを飛んでいます。
張さんいわく…
- チャノキの成長をさまたげない程度の雑草はそのままにしている(つまり、伸びてきたものは全て手作業で処理している)
- 農薬を使わない自然栽培(つまり、ある程度の虫食いも覚悟している)
とのこと。
雑草、虫……( ゚Д゚)
何だかお茶にとっていいのか悪いのかわからずモヤモヤしていた私を、張さんの穏やかな声が包み込みます。
「虫の力がないと、東方美人茶はおいしくできないんですよ」
通常 お茶づくりにおいて害虫とされる「ウンカ(チャノミドリヒメヨコバイ)」がチャノキの新芽を噛む。その唾液に含まれる酵素がチャノキの成分と反応することで独特の甘みが生まれる…と考えられているというのです。
体長わずか2.5ミリという小さな虫の恩恵は、農薬を使って雑草を駆除していると得られません。ウンカが飛び交うということはクモやテントウムシや他の虫たちにとっても活動しやすい環境だと言えます。
手入れが行き届いていないように見えた草むらは、ありのままの生態系を活かしてお茶栽培ができるように「計算された」究極の場所だったのです。
真心をこめた茶摘みと発酵
ウンカが噛んだ恵みの新芽を1つ1つ丁寧に手摘みし、24時間かけてゆっくり酸化発酵させます。1時間半おきに茶葉を手で一度集めて均一にならして…これを繰り返す…。昼夜を問わずお茶につきっきりです。機械化が進むお茶づくりにおいて、これだけ人の手が必要な品種も珍しい。
手作業であるからこそ、作り手の気持ちが乗りうつっているかのように、お茶の味に色濃く反映されるのです。
張さんは物静かで口数も少ないですが、お茶づくりに並々ならぬ意欲を持っていることが良く伝わってきます。それはお茶を淹れてくれた時のどこか誇らしげな表情にも出ていました。
お茶には作り手の気落ちが表れる
張さんが真心を込めて作った東方美人茶。
特筆すべきは、その香りです。
蜜の香り…本当にハチミツのような甘い香りがする!!
この時点で、烏龍茶のイメージがいい意味で崩壊します。
口にふくむと…甘くて深みがあって芳醇な味わい!!
体全体がすごく良い「気」で包まれていくような感覚です。
苦味は一切、本当に一切ありません!
角がなく、まるみのある味。
烏龍茶=茶色くて苦くて濃いお茶、という勝手な先入観があった私にとって衝撃の一杯でした。奥深いお茶の世界へ興味を持つきっかけになったのです。
私があまりに驚いた顔をして声を上げたので、張さんの頬がゆるみました。そしてコーディネーターさんに何かを言っています。
私:ん?何って??
コ:「あなたのリアクションを見て、作ってよかったなあって思った」だって!!
本当に心を込めてお茶づくりをされている人の一言は、ほわっと温まった私をさらに温かい気持ちにさせてくれたのでした。
その後、台湾式の淹れ方でお茶を楽しむコツなどを教えてくださり、たくさん張さんのお茶を堪能させてもらいました。温度の変化で味わいも変わり…でもどれだけ飲んでも飽きません。
本当においしい物は、人を幸せにするんですね。
あの時間と味は、忘れられない宝物です。
別の東方美人茶を飲んでみたけれど…
張さんが作った東方美人茶は取材終わりで1箱のみ購入。5箱でも10箱でも欲しかったですが、生産量が少なく貴重かつお値段もそこそこするため、またの機会に!とその時は思っていました。
全て飲み終わり、数か月が経ち…また東方美人茶が飲みたい!と思い、日本で違う商品を買ってみました。
まあ、それはそれで美味しいのですが…何か違う。あの時のようなふわっと甘く香り体全体を包んでくれるような味と感動には出会えないのです。
値段が高いものも試しました。
でも、違う。
あれはやっぱり…張さんが作った東方美人茶だからなんだ!!
それに気づいてから、ネットで探すも見つからない。
コーディネーターさんに聞いてみると…
張さんは数年前に家庭の事情であの農園を手放し、お茶栽培はもうしていない…とのこと。
もう、あの味は2度と味わえない…
何とも残念な気持ちになりました。
と同時に、こんなにもステキなお茶に張さんに出会えたこと、その後お茶について自分自身で造詣を深めるきっかけを与えてくれたこと、東方美人茶というもののすばらしさを教えてくれたこと、さまざまな事に自然と感謝している自分がいたのです。
忘れられない味は日々を生きる原動力になる
思い出というのはそれ以上変わることがないから、いつまでも「良い形」で残る…
記憶だけは、誰からも奪われずに自分の中で存在し続けます。
何か辛いことがあったとき、しんどくて逃げたくなるとき、
その味を思い出す。その時を思い返してみる。
すると、記憶の中の幸せな体験が
日々を生きるための原動力になってくれるのです。
その力は偉大ですね。
そして、自分も誰かにそんな風に思って貰える「何か」を伝えたり与えられるような存在になりたいと思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
ではまた!